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世界のAIをはかる――スタンフォード大学「AIインデックス2026」の要点

第1節 これはどんな報告書か

米国スタンフォード大学の「人間中心AI研究所」が、毎年春に出している報告書がある。名前は「AIインデックス」。2026年版は4月に公開され、今回で9回目になる。全9章、425ページ。

中身は、世界のAIのいまを、できるかぎり数字で測って記録した定点観測である。研究開発、技術の性能、経済、教育、世論。章ごとに分けて、大学の研究者を中心とする委員会が編集する。特定の企業の宣伝ではなく、各国の政府や報道機関が引用する定番の資料になっている。今年から「科学」と「医療」が独立した章になった。AIが実験室を出て、暮らしに関わる分野へ広がったことの表れである。

なぜ数字にこだわるのか。AIをめぐる話は、夢のような話と怖い話の両極に振れやすい。声の大きい人の印象論に流されないためには、測れるものを毎年同じやり方で測り続ける記録が要る。この報告書はそのために作られている。

日本語の公式訳はない。そこでこのページでは、この報告書の中から数字を六つ選び、一節に一つずつ紹介する。それぞれの数字に、報告書の出典ページを添える。数字はいずれも英語の原文から訳したもので、意味を狭めたり広げたりしないよう、原文にある限定の言葉(最大、近く、など)もそのまま残している。

第2節 学生の5人に4人

米国では、高校生と大学生の5人に4人が、すでに学業にAIを使っている(報告書290ページ)。

使っていない側が、もう少数派なのである。一方で、学校の側は追いついていない。AIの使い方について方針を定めている中学・高校は半分にとどまり、その方針が明確だと答えた教員はごく一部にすぎない。使うことが当たり前になったのに、どう使うのがよいかの手引きがまだない。それが学びの現場のいまである。

大学の通信課程で学ぶ人にとって、これは遠い国の話ではない。同じように学ぶ学生の多くが、調べものに、文章の手直しに、着想出しに、すでにAIを使っている。通信課程の学びは、教室での試験よりも、自宅で書くレポートの比重が大きい。まさにAIが最も入り込みやすい形の学びである。大学の側も、どこまでの利用を認めるかを模索している最中で、方針は大学ごとに、科目ごとに違う。

だから、自分が使うかどうかを決めるのは、その後でよい。まず、周りはもう使っているという事実と、使ってよい範囲は科目の指示で確かめる必要があるという事実。この二つを知っておくことに価値がある。

第3節 3年で53%

文章や画像を作るタイプのAI(生成AIと呼ばれる)は、世に出てから3年で、普及率53%に達した(報告書173ページ)。この広がる速さは、パソコンを上回り、インターネットをも上回る。

テレビが茶の間に来て、パソコンが職場に入り、インターネットが家庭に届く。その一つ一つを順に見てきた世代には、この比較の重みが実感で分かるはずである。あのどれよりも速い。

これほど速く広がった理由の一つは、値段である。この種のAIの多くは、無料か、それに近い値段で使える。テレビもパソコンも、家に迎え入れるにはまとまったお金が要った。今度の道具は、すでに手の中にある電話に、ただ入ってくる。

ただし、国による差は大きい。普及率はおおむね国の豊かさと連動する。そして意外なことに、AIの開発で世界を引っ張っている米国自身の普及率は、世界の上位ではない。作る国と使う国は、必ずしも一致しないのである。日本の暮らしの中でも、検索や地図や翻訳の裏側でAIはすでに動いている。使ったことがないつもりの人も、実はもう使い手の側にいることが多い。

第4節 カルテ書きの時間が最大83%減

診察室での会話から診療記録(カルテ)を自動で作るAIが、2025年、米国の病院で広く使われるようになった。複数の病院グループで、医師が記録書きに使う時間は最大83%減ったと報告されている(報告書257ページ)。燃え尽きが減ったという報告も出た。

最大、という言葉に注意してほしい。どの病院でも同じだけ減るわけではなく、これは一番うまくいった場合の数字である。

また報告書は、医療のAI全体について、慎重な但し書きも添えている。診療AIの研究の半数近くは試験問題を解かせる形式で行われていて、実際の患者のデータを使った研究はごく一部にすぎない。記録書きのような事務の支援は目に見えて進んだが、診断や治療そのものについての信頼できる証拠は、まだこれからなのである。

通院していて、医師が画面ばかり見て、こちらの顔をあまり見ない。そう感じた経験はないだろうか。記録をAIが代筆するようになれば、医師の目が患者に戻る時間が増えるかもしれない。期待してよい変化だが、確かめられている途中の変化でもある。

第5節 健康の検索の84〜92%にAIの要約

医療とAIの関わりは、病院の中だけの話ではない。健康に関わるGoogle検索のうち84〜92%で、AIがまとめた要約が検索結果の最上部に表示されるようになった(報告書257ページ)。症状や、よくある健康の疑問を検索したときは92%にのぼり、治療や病名の検索がそれに続く。

数字が84〜92%と幅で示されているのは、検索の内容によって割合が違うからである。体の不調を検索すれば、医師に会うより先に、AIのまとめが目に入る。

便利ではあるが、まとめが正しいとは限らない。体のことは、検索のまとめで済ませず、医師に確かめる。この習慣の値打ちは、AIの時代にむしろ上がっている。

第6節 若手の雇用が20%近く減

AIで仕事の効率がはっきり上がった分野の代表が、ソフトウェア開発である。その米国で、22歳から25歳の若手開発者の雇用が、2024年から20%近く減った(報告書10ページ)。それより年上の開発者は増え続けているのに、である。

仕事が丸ごと消えるのではない。新人が最初に任されるような入口の仕事から、先にAIに置き換わる。そういう形で変化が始まっていることを、この数字は示している。AIに仕事を奪われる、という言い方はおおざっぱすぎる。誰の、どの仕事が、どの順番で変わるのか。それを見るために、こういう細かい数字が要るのである。

若い世代が働き始めるとき、その入口は、親の世代の経験則が通用しない形になっているかもしれない。ただし、この報告書は悲観だけを語ってはいない。AIの助けで仕事の効率が大きく上がった職種があることも、同じ報告書は記録している。変化は一方向ではない。

もう一つ、希望の持てる記録がある。学校の外でAIの技能を学ぶ人が増えている、という記録である。学び直しに年齢の壁はない。変化の速い時代には、若いときに何を学んだかより、いま学び続けているかどうかの方が効いてくる。生涯にわたって学ぶ人は、この変化に対して、思われているより良い位置に立っている。

第7節 専門家と市民の間に50ポイントの開き

AIは人々の仕事の仕方に良い影響を与えるか。この問いに、与える、と答えた割合は、AIの専門家では7割を超える。ところが一般の市民では、4分の1に届かない。その開きは50ポイントにのぼる(米国での調査。報告書362ページ)。経済への影響でも、医療への影響でも、同じ形の開きがある。

専門家がどれほど明るい未来を語っても、実感がついていかない。もしそう感じるなら、それは感度が鈍いのではない。調査に答えた多くの市民と、同じ側に立っているということである。

報告書は、専門家と市民のどちらが正しいかを裁定しない。ただ、この開きがきわめて大きいという事実を記録する。作る人と使う人とで、見えている未来がこれほど違う。この開きそのものが、数字で測っておくべき問題なのである。

開きは、政府への信頼にも表れている。自分の国の政府がAIをきちんと規制してくれると信じられるか。この問いへの答えは国によって大きく割れており、技術で先頭を走る国の市民が、政府を信じているとは限らない。技術の進み方と、それを託せる仕組みへの信頼は、別々に育てなければならないものらしい。

第8節 全体をどう受け止めるか

この報告書が描くAIの姿は、万能の機械でもなければ、見かけ倒しでもない。

象徴的な対比がある。最先端のAIは、国際数学オリンピックで金メダルに相当する成績を収めた。ところが同じ時代のAIが、針で時刻を示すアナログ時計の読み取りでは、半分ほどしか正解できない。研究者はこの凸凹を、ぎざぎざの最前線、と呼ぶ。人間なら易しいことが苦手で、人間なら一生かかることが得意。得意と不得意の形が、人間の常識と違うのである。

だから、AIをめぐる極端な話は、どちらの向きでも割り引いて聞いてよい。もうすぐ何でもできるようになるという話も、しょせん大したことはないという話も、この凸凹の一部だけを見た話である。得意な場面では驚くほど役に立ち、不得意な場面では平気で間違える。その両方が同時に本当なのだ。

世界の意識調査では、AIは欠点より利点が多いと答える人の割合と、AIに不安を覚えると答える人の割合が、同時に増えている。期待と不安を同時に持つのは、迷いではない。この技術の実像に合った、正確な受け止め方である。

最後に一つ。この報告書は毎年更新され、英語ではあるが、誰でも無料で読める。大事なのは、個々の数字を覚えることではない。世界がAIを毎年きちんと測り直している。その営みがある、と知っておくことである。